奨学金を返せるか、不安だった…34歳でなぜ大学院へ?

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 「なんで今ごろ、大学院に行こうと思ったの?」

 最近、会う人、会う人に聞かれます。

 大学院に進学することを決めるまで、たくさんの葛藤がありました。

 大学生のころ、卒論のためのギャルのフィールドワークが楽しくて仕方ありませんでした。

 中学3年くらいの時、雑誌「Popteen」をコンビニで買ってから、ギャルの世界に憧れて、渋谷に行ける大学を選んだ私としては、願ったりかなったり。

 

 その頃、研究を続けたくて大学院に行こうと思っていましたが、4年の春ごろ、借りていた奨学金の通知がきました。

 

 卒業後に始まる返済額を見て本当ビックリ。

 学生には途方に暮れるような値段。

 頭の中で計算してこのくらいだろうと思っていましたが、

 紙に書かれた通知を見ると、

 返せるのだろうかと恐怖しかありませんでした。

今、通っている大学院の研究棟です

 

 学費も生活費も自分で払っていたので、熱血アルバイターではありましたが、授業が本当に忙しくて借りざるを得ない状況でした。

 

 だから突然、思い立ったように就職活動をして、色々考えた結果、ギャルのイベントができそうな新聞業界に入って今に至ります。

 

 当時、大学院に行ける同級生を羨ましいなと思っていました。

 ただ、就職が決まった時、恩師が一言。

 「新聞社って、研究みたいなことできるし、働いたあとに研究職に就く人もいるから良かったんじゃない?」

 

 それは良い!と思い続けて10年、新聞社で働いてきました。

 でも、やっぱりちゃんと大学院で研究したいとどこかで引っかかっていたのも事実。

 ただ、仕事を休めるのだろうか。

 

 しかも、31歳の時に結婚したので、そろそろ子どものことも考えようと思っていたところ。

 やっぱり無理だよなーと諦めようかと思っていました。

 

 でも、私を突き動かしたのは、「記者」という職業の未来でした。

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