沖縄の会社の休職制度は最大1年 でも通うのは東京の大学院 修士2年はどうするか問題

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 2017年4月に入学した大学院。 古里・沖縄を離れ、仕事を休み、修士1年は東京で暮らしながら学校に通いました。

 でも、私の会社の休職制度は最大1年です。

 2年生に上がると休職したまま学生生活を送ることはできません。

 すると、選択肢としてあるのは(私が考えていたのは)

(1)会社を辞めて大学院に通うことに専念する

(2)東京で職を得て、働きながら大学院に通う

(3)沖縄の会社で働きながら大学院に通う

この3つでした。

(1)会社を辞めて大学院に通うことに専念する

   「学び」に専念する意味でとてもとても理想的です。

 でも、現実的ではありません。

 まず、経済的なことがあります。

 以前、ブログにも書きましたが、初年度で330万円はかかりました。

 また、夫が暮らす沖縄と東京を行き来する航空賃もさらにかかっています。

 もう一つは、「働く」という社会とコミットすることで生まれる自分への利益です。

 働くと、知らず知らずのうちに、新しい情報や組織のあり方、自分のスキルとなるものを学ぶことができます。

 そして、これが一番大事な点ですが、私の研究内容は、デジタル部門の「記者」として考えていた課題「地方の情報が全国に届きにくい」現状を解決してみたいと思ったことが始まりです。

 それを考えると、この選択肢は消えました。

今年は月に最大6回も乗った飛行機.

 

(2)東京で職を得て、働きながら大学院に通う

 夫を沖縄に残しているので、まずは帰らないといけません。

 また、大学を卒業したあと、沖縄で働こうと考え抜いたこともあり、沖縄で働く良さも知ってます(逆に言えば、東京で働いたことがないのでその点での良さは知らない)。

 それは、生活環境が首都圏に比べて圧倒的にラクなことです。

 まず、親や友だちといった社会的資本の関係がもともとあるので、困ったときに頼れる人が居るというリソースは心強いものがあります。

 また、生まれ育った場所で働くということは、その土地の文化や歴史を知っているので、コミュニケーションを取りやすいという利点もあります。

 記者としては、この「地元コミュニティ」や「土地勘」は、意識をしていなくても取材の生命線になっているはずです。

 そして、なんといっても、沖縄の通勤は、満員電車がない! 

 最近は、通勤時間帯になると、通勤客と観光客で沖縄のモノレールもなかなか混んでいるし、車の渋滞はひどく、沖縄の大きな問題として横たわっているので、一概には言えませんが、首都圏に比べたら、ストレスは圧倒的に少ないと思います。

 

(3)沖縄の会社で働きながら大学院に通う

  会社を1年休ませてもらい、大学院に通ったので、2年目は沖縄に帰って働きながら、会社に学んだことを還元しながら、大学院に通いたいとはじめから思っていました。

 そのためには、修士1年で修士論文以外の単位を取っておかないといけません。

 修士の単位はそんなに多くないのですが、私のコースはプロダクト制作やデザインをする課題も多く、新聞記者を10年やってきた私としては、慣れずにかなり時間がかかりました。

 周りの同級生に励ましてもらって、支えてもらって、助けてもらって、なんとか乗り越えられたことは数知れず。

 かなりギリギリでした。

 それがクリアできれば、2年目は、論文を書くことがメーンです。

 私は沖縄に戻ってから論文のテーマの一つの試みを実践しました。

 また、ゼミに毎回出ることはできないのでSlackで先生にアドバイスをもらいながら、論文を書き上げることができました。

 研究室の先生の理解と大学のあり方がだいぶ左右すると思うので、これから進学を考えている方がいたら、相談するのが吉です。

 

 働いている場所と学ぶ場所が別になるかもしれないという方がいたら、参考にしてもらえると幸いです。

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